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第一部 出版の塔

その2 翻訳出版件数の多い国と地域

コラム(韓国)

韓国

「韓国近代の子どもの本と日韓関係」 大竹聖美

韓国の子どもの本の歴史は、崔南善(チェ・ナムソン)(1890~1957)が創刊した雑誌『少年』(1908~)や、方定煥(パン・ジョンファン)(1899 ~1931)の童話集『愛の贈り物』(1922)、児童雑誌『オリニ』(1923~)から始まる。

崔南善の『少年』は、その内容を見ると、子どもや少年を対象とした雑誌というよりも、青年むけの啓蒙雑誌というのが正確なのだが、イソップ寓話やロビンソン漂流記などが掲載されており、韓国の子どもの本の歴史を語る時に無視することはできない。

『少年』は、そのタイトルからも推測できるとおり、日本の明治期を代表する少年雑誌『少年世界』と比較できる。韓国・朝鮮の近代の始まりの時期に、いち早く東京留学(1904、1906年)を経験した崔南善は、『少年世界』のような雑誌のほかに、当時流行していた「鉄道唱歌」などに接し、帰国後は朝鮮初の近代的雑誌である『少年』や朝鮮初の唱歌「京釜鉄道歌」をつくった。

一方、韓国児童文学の父と呼ばれる方定煥は、1920年から3年間東京に留学している。朝鮮初の童話集を刊行したほか、日本の大正期を代表する児童文芸誌『赤い鳥』に比較される芸術的な児童雑誌『オリニ』(オリニとは、韓国語で「子ども」のことで、この用語も方定煥が創作したといわれる。それまでの儒教社会の中で軽視されていた子どもの人権を尊重する意味が込められている)を創刊した。初めての童話集『愛の贈り物』に収められていたのは、シンデレラや幸福な王子、クオレなどであるが、これらは、当時流行していた日本の児童雑誌や童話集に掲載されていたものからの翻案である。日本の子どもたちは、明治期に渡独した巖谷小波によってドイツ語や英語から翻案されたお伽噺を楽しみ、ヨーロッパをはじめとする世界のお伽噺に触れることができたのだが、朝鮮の子どもたちは、方定煥によって日本語から朝鮮語に翻案された作品を通して世界名作童話というものに接した。いわゆる「世界名作童話集」が日本語原典からの翻案によって編まれた歴史はつい最近までつづいた。書き手の世代交代によって、現在ではこうした重訳が行われることはなくなったはずだが、近代以降、韓国の子どもの本に与えた日本語書籍の影響ははかりしれない。

1910年から1945年までは日本の統治時代である。この時期は、上述のとおり、崔南善や方定煥などが朝鮮語で朝鮮の子どもたちのための雑誌や童話集刊行に尽力していたが、実はそれ以上に日本の子どもの本が多く流通し、当時朝鮮に暮らした日本人家庭の子どもたちばかりでなく、朝鮮人家庭の子どもたちにも読まれていた。講談社の『少年倶楽部』や『幼年倶楽部』、小学館の『一年生』から『六年生』までの学年別雑誌、それから「講談社の絵本」など、娯楽性の強いものが人気だった。カラー印刷で挿絵に迫力があるものが、経済的に劣位に置かれた朝鮮の子どもたちにはとても華やかに映った。これだけ豪華な子どもの雑誌は朝鮮にはなかったのである。

朝鮮総督府図書館には、たくさんの日本の児童書が文学・歴史・科学と幅広く蔵書されていたし、学校教育の中では、朝鮮語を母国語とする児童を対象とした「国語(日本語)」教育のために、教科書以外にも副読本が編まれ、日本で刊行された書籍を原典とした昔話・童話・童謡、その他各種読み物が子どもたちに与えられていた。ただしそれらの言語は、当時の「国語」、つまり日本語でなくてはならなかった。1930年代には、金素雲(キム・ソウン)などにより日本語と朝鮮語が併用された児童雑誌もうまれた。このように、韓国・朝鮮の近代における子どもの本の歴史は、日本との関係を抜きに考察することはできない。日本による統治と経済格差など、近代化の過程は子どもの本の状況にも如実に反映されている。韓国の子どもの本の歴史は、日韓の特殊な関係の狭間に生まれたのである。

現代においては、1990年代以降、民主化と経済成長、コンピューターの導入による印刷技術の向上とともに、韓国の児童書出版も飛躍的な成長を遂げた。外国の児童文学や絵本の翻訳出版が競うようになされ、日本の絵本も数多く輸入された。林明子、五味太郎、安野光雅などが多数紹介される中、無国籍風のもの、教育的要素のあるもの、幼児の日常生活が描かれたものに特に人気が集まっている。近年では、田島征三、長新太、荒井良二などの自由な画風のものも喜ばれているし、福音館の『かがくのとも』などのノンフィクションも多く出版されている。その背景には、韓国の出版社における日本絵本の詳細な研究状況があり、翻訳出版されるだけでなく、1990年代半ば以降に隆盛してきた韓国独自の絵本制作の刺激ともなっている。現在では、翻訳書の出版よりも自国の作家の育成と作品制作に情熱を傾ける出版社も目立ち、その新しい力は国際的に注目され、評価されるようになった。日本国内でも、2000年以降、韓国絵本の翻訳点数が急増しているし、一方では日韓共同制作の絵本などもうまれ、日本のものが一方的に流入していた過去の歴史を乗り越え、韓国の子どもの本の出版現場では新しい風が吹いているといえよう。

おおたけ きよみ
(東京純心女子大学准教授・韓国児童文学)

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