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国際子ども図書館主催の展示会のお知らせです。

講演会「現代ヨーロッパ絵本の展望」

Ms. Sophie Van der Linden(ソフィー・ヴァン・デア・リンデン)

ヨーロッパ文化は、ヨーロッパの政治思想が生まれる以前から、何世紀にもわたって光輝いていた。ルネッサンス期以来、芸術家たちは、さまざまな国で制作し、発表し、生活してきた。生み出された作品は、国境を意識することなく、都市から都市へと伝わっていった。児童文学の領域では19世紀が、この時代の専門家であるイザベル・ニエールの言葉を借りれば「ヨーロッパ子ども文化」の成立時期といえよう。この時代さまざまな国の間で、とりわけイギリス、オランダ、ドイツ、フランスの間では多くの書物をお互いに取り入れることが盛んに行われてきた。

このたびのシャルル・ペロー国際研究所の企画による展示会の主旨も同じように、今日のヨーロッパ児童文学についての考え方を適切に示している。ルネッサンス時代と同じような高揚した気分で、現代の画家・作家たちは、ヨーロッパという自分たちにとってあまり広すぎず、違和感の少ない地域の中で、余裕をもって制作活動に励んでいる。ヨーロッパ地域に信頼を寄せているので、自分の国とは違った国に住んでも、創造の時間をすごすことができるのだ。異なった文化に浸ることが、結果として特色のある作品を生み出すことにつながる。

一つ例をあげると、アン・ブルイヤールAnne Brouillardという絵本作家は、デンマーク人の母から生まれ、フランスで制作して、出版し、住んでいるのはブリュッセルである。その絵本には、このようないくつもの国を行き来する体験が映し出されている。そこには北極地方と同じようにフランドル地方を思わせる景色や、スウェーデンの人々の名前やフランスの文化、特に南フランスに根ざしたゴッホの影響を見ることができる。このように、さまざまな文化がもつれ合い、相互作用することによって、個性豊かな作品の魅力が作り出される。

イタリアのボローニャで毎年開かれる絵本展は、世界の多くの国の、まずいちばん多いのがヨーロッパだが、出版社、作家たちの出会いの場となっている。この期間に人々は交流し、著作権の売買という重要な活動に参加する。ヨーロッパ地域の中で実現する翻訳によって、他の国々の文化に目を開くことができるし、読者にとっては、ヨーロッパ独自のものがだんだんに一般化されていく。このことは、1世紀以上にわたってヨーロッパの古典文化が定着したことを思わせる。アリス、ピノッキオ、ピーターラビット、ババール、ムーミンといった、古典作品の主役たちは、今日では世界共通の財産である。

はじめのうち、いくつかの国々では、翻訳でしか児童文学を知ることはできなかった。現代の批評家の役割は、相互の交流のバランスがとれているかどうか、特にアングロサクソンの言語の優勢と、市場経済の要請によって画一化の危険がないかどうかに気を配りながら、見つめていくことではないだろうか。

同じくこの絵本展の参加者を驚かせるのは、展示作品が大変バラエティに富んでいることだ。究極の色彩の輝き、形やスタイルの展開を見ると、ヨーロッパのグラフィック創造が、今非常に多様化していることがわかる。

このような創造性の豊かさがとりもなおさずヨーロッパ絵本の最近の傾向である。絵本の歴史は、本の中で絵の役割が生まれたときから始まる。ヨーロッパでは何世紀にもわたって、文字のシステムと関係の深い技術の面から、または文化の面から強制されて、本の中で文章と絵は別々に分けられていた。当時の挿絵は文の外に置かれ、文の中に入るようになったのは、絵と字の両方を印刷できる技術が発明された19世紀中頃にすぎない。20世紀の初めまで、たとえ文と絵が一体になっていても、絵はまったく、文の付属でしかなかった。ヨーロッパ文化では、文は理性、学識、知性と結びつき、一方絵は夢想、空想の産物として、あきらかに不信感を持たれていた。

絵本はこうした状況がくつがえされることを証明した。続いて絵が文の役に立ち、決められたページを飾る絵入り本が生まれる。今日では、絵本の領域では絵が支配的な傾向にある。絵の持つ新しい基準はまた、長い間児童文学を押さえつけていた教育的な強制を乗り越える手段にもなっている。時には、この新しい絵本では、絵に押されて文がすっかり消されてしまったり、今度は文の方が絵の傍らで元気のない姿をさらけだしたりしていることもある。しかしながら、私達はまた、この状況を喜んで受け入れることができる。なぜならこの十年来、ヨーロッパ絵本の世界には、才能豊かで、評価の高いイラストレーターが大勢現われたからだ。だんだんにスタイルが多様化し、使われる技法も、他の芸術と同じくいろいろある。

16世紀にフランドル派の偉大な画家を何人も生んだベルギーとオランダでは、相変わらずすばらしい画家たちが活躍しているが、中でも忘れられないのはガブリエル・ヴァンサンGabrielle Vincentで、あの見事な「アーネストとセレスティーヌ」シリーズは古典的作品になった。すでにアン・ブルイヤールの仕事は紹介した。カール・クヌートCarl Cneutの作品も非常に個性的で、画面構成や色彩に対する特殊な考え方が作品に反映されている。

キティ・クローザーKitty Crowtherという若いイラストレーターは数年前から重視されていて、とても変わったスタイルの作品を発表している。色鉛筆を加えた線描画は、すぐにその人の作とわかる。また、ジョス・ゴファンJosse Goffinの絵本HO!はすでに世界中で評判になっている。ドイツにも同じくこのさかんな画家活動に加わる人々がいる。

ヴォルフ・エアルブルッフWolf Erlbruchは『頭の上になにかあるか知りたいモグラの子』というベストセラー作品に加えて、コラージュとデッサンを混ぜ合わせ、ダダイズムから受け継いだスタイルを発展させている。彼の好みの技法である、切り取った色紙の上に描く鉛筆画はライン川のむこうでは流行になった。『魔女の台所』という絵本のなかで、ゲーテの「ファウスト」の一節を描いた作品では、個性的なデッサン、版画、活版印刷の材料、数字やアルゴリズムの再生を取り入れ、名人芸のコラージュに彼の全才能が発揮されている。

クヴィント・ブッフホルツQuint Buchholzは非常に異なったスタイルで、社会の枠に収まりきれない若者たちの風変わりな雰囲気を写した、シュール・レアリズムの作品を描いている。前途有望な若いズーザンヤンゼンSusan Jansenは、驚くべき視点から『あかずきん』を発表したばかりだ。

イタリアの画家たちの作品を見ると、イタリア美術の歴史と深く結びついていることがわかる。キアラ・カレルChiara Carrerの『マティエリスム』は、現代の一つの傾向をあらわしている。それはフランスのクリスティアン・ヴォルズChristian Voltzをはじめ多くの画家たちにも見られるものだ。スイスの「読む喜び」La joie de lireという出版社は、この流れを具体化した作品をたくさん出版している。ジュネーヴにあるため、フランス、イタリア、スイスの画家たちの集合拠点になっている。これからはコラージュ以上に写真の汲み合わせについて意見が交わされるだろう。

ヨーロッパ絵本の内容を見ると、いつもユーモアが取り入れられている点に注目しよう。

ユーモアは、児童文学が教訓や教育の押しつけから逃れるために、広く使われてきた支えであり、現代作品にも見られる特徴であり、昔話のパロディや物語に、ひとひねりしたユーモアが率先して使われている。さらに、難しいテーマや微妙な感性を表すのに良質のユーモアを使って、子ども読者の共感を得ることができるかどうか、作家にとっては賭けでもある。この分野での第一人者はイギリスの作家たちで、何年も前から重要な地位を占めている。トニー・ロスTony Ross、ジャネット・アルバーグJanet Ahlberg、バベット・コールBabette Cole、ジョン・バーニンガムJohn Burningham、レイモンドブリッグスRaymond Briggsなどである。

アンデルセン賞を受賞したクエンティン・ブレークQuentin Blakeはしばしばロアルド・ダールRoald Dahlと組んで、ほぼ30年前から荒々しい線画の手法でヨーロッパの子どもたちを楽しませている。この人々はスウェーデンの作家と大きな共通点がある。ウルフ・スタルグUlf Stark、エヴァ・エリクソンEva Eriksson、アストリット・リンドグレーンAstrid Lindgren、バルブロ・リンドグレーンBarbro Lindgren、オーロフ・ランドストロームOlof Landstromらは、同じく大人の視点を捨てて、子どもの視点を取り入れている。「ジュジュ、おそろしい赤ん坊」という古典作品に見られるように、ユーモアはいつも作家から子ども読者への励ましのしるしなのだ。

ユーモアを用いて、同じに非常に抑制の効いたスタイルではっきりと表現しながら、多くの作家たちは、児童文学に新しい道を切り開いた。私自身の評論の仕事からすると、絵本の中の言語の全体的な抑制に大変注目している。実際、絵本は文と絵の二つの組み合わせに限られるわけではない。意味を表す記号は非常に多く、その中で重要なのがページ組みと見開きのつながりである。私の考えでは、常により独創的なページ組みを考えながら、絵本の中で意味を生み出すメカニズム全体を制御するが、最近の作家の大きな飛躍の一つと思われる。スイスのベアトリス・ポンスレBeatrice Ponceletはこうした仕事を数年前から続けている作家である。彼女は作品を作り出すごとに、ページの余白にメッセージを記す新しい方法を考え出し、そのためには躊躇することなく思いもかけない形を使う。

文と絵以外のものを読み取らせるのは、最高の作家達を駆り立てる問題提起のひとつだ。この点では、アンデルセン賞を受賞したアンソニー・ブラウンAnthony Browneがヨーロッパ絵本の大御所の一人である。『こうえんで 4つのおはなし』が語るひとつの物語は、もうすぐ絵本の古典になるにちがいない。なぜなら、まず彼は絵本の分野で、ポリフォニー、多声音楽といいわれる独創的な語りの構造を作った。が、それだけでなく、特にグラフィックな図像的記号だけでまとまった意味の世界をあらわしたのだ。この絵本ではそれぞれの章ごとにページ組み、枠組み、細かい部分を工夫し、活字印刷の技法を取り入れ、単なる文と絵ではなく、それに意味を追加したものを作り上げることができた。

先に述べたように、国から国へ作家たちの自由な行き来があても、各国の特徴は根強く残っている。絵本の分野では、ドイツ、イギリス、ベルギー、フランス、イタリア、スウェーデン、スイスといった大量生産国はそれぞれ、作品に自分の国の歴史的な特徴を投影している。この国々の最高の本は非常に特色があり、しっかりと自分の国土に根付いている。

フランスを例に挙げてみよう。1970年代、レコール・デ・ロアジール社Lecole des loisirを設立したジャン・ファーブルJean Fabreとガリマール社Gallimard Jeunesse児童書部門のピエール・マルシャンPierre Marchandは、フランス児童文学で最初の「前衛主義者」ロベール・デルピールRobert Delpire、フランソワ・リュイーヴィダルFrancois Ruy-Vidalがもたらした、改革と選択をさらに前進させた。今では伝統の中で認められ、制度化されている。

レコール・デ・ロアジール社が国際的水準の才能豊かな第一級の画家達に呼びかけて、数々のすばらしい作品を世に出したのは、グラフィック分野の改革を行ったからだ。この社では、継続的に日本の画家の作品を紹介している。そのおかげで、安野光雅、市川里美、岩村和夫の名がフランスで有名になった。もちろんまだ他の人もいる。この出版社は、作家・画家をできるだけ大切にする。目録には、現代絵本の著名な作家たちが名を連ねている。たとえばクロード・ブージョンClaude Boujon、フィリップ・コランタンPhilippe Corentin、フィリップ・デュマPhilippe Dumas、アーノルド・ローベルArnold Lobel、レオ・レオーニLeo Lionni、モーリス・センダックMaurice Sendak、トミー・ウンゲラーTomi Ungerer、クリス・ヴァン・アルズブールChris Van Allsburg、アナイス・ヴォージュラードAnais Vaugelade…

ここではまた、現代のフランスの絵本作家としてもっとも重要なグレゴアール・ソロタレフGregoire Solotareffとクロード・ポンティClaude Pontiの2人が活躍している。2人とも1986年に児童書を書き始めた。二人の評価の高い作品は、フランス出版物の中でも大きな部分を占めている。2人ともそれぞれ、昔話の伝統に大変影響を受けている。ソロタレフの絵は、多くのイラストレーターたちに示唆を与え、絵本の絵に特別の流れを作ったことで「色彩派」として語られるほどだ。センダックの『かいじゅうたちのいるところ』に描かれた無意識の表現に呼応して、ソロタレフは、心の動きを隠喩的に表現する自身のグラフィックスタイルを発展させた。表現主義の画家の系列では、色彩はもはや外見をあらわす表現としてしか使われないが、ある感動を伝えるために同じ具体的な表現の中で働きをみせる。もつれあった色彩、筆さばき、絵の厚みが、物語の中の言葉の表現に役立ち、内面の不安により近づくことができる。

クロード・ポンティのスタイルはもっと図像的表現に支えられていて、そのうしろで技法は消滅している。絵と言葉の演出、物語の重要性、豊かな文学的創造、さまざまな引用や参照にみられる繊細な遊び、遊びの読書の原則、読者といきいきと共謀し、空想することから生まれる信頼感が、豊かなイメージの中に、象徴的手法で表現され、同じく密度の濃い、まとまりのある、大変個性的な作品のすぐれた特性を作り出す。それは、人類共通の遺産の源泉から汲み取られてできたものだ。

1992年、フランスでは若いグラフィストで建築家のオリヴィエ・ドウズウOrivier Douzouが『ジョジョ・ラ・マッシュ』を出版した。彼が美術部長をつとめるルエルグという出版社は、数年間でフランスの児童出版界の様相を一変させた。版型はいつもかならず取るに足らない小さな正方形で何度も版を重ねている。これはジャン・ペロが「ミニマリスト」と呼ぶ作品群である。これらは、文と絵の関係を新たに作りだし、対象になる読者の不安定な状況に問い掛け、しっかりとした出版方針を確立している。クリスティアン・ヴォルツChristian Voltz、フレデリック・ベルトランFrederique Bertrand、イザベル・シモンIsabelle Simonといった新進作家たちが、才能を発揮している。同じくティエリー・マニエThierry Magnierのような編集者にも、批判的で総意に富んだ信念が見られる。彼も確固とした創造的先見の明によって成功をおさめ、ナタリー・ノヴィNathalie Novi、アントナン・ルシャールAntonin Louchard、クレール・ル・グランClaire Le Grand、ヴーシュVoutch、ミレイユ・ヴォテイエMireille Vautier、ジャン・ピエール・ブランパンJean-Pierre Blampainといった作家たちに、全く自由に創作活動をさせている。そのうち、もっとも成功した一つが、今展示されているルシャールの『ある世界のすべて』で、この現代的版画家の本がベストセラーになるのは間違いない。なぜなら、この絵本はグラフィックのすばらしさと技法の多様性以上にページからページへ暗黙のつながりをみせているからだ。これは意味論、グラフィック、論理、単なる技法がつながっているところに成り立つことだ。

また現在、スイユ出版社Seuil Jeunesseの児童書部門も、造形美術の改革と現代アートとの結合に基づいて、最も興味ある出版の冒険を実行している。ポール・コックスPaul Cox、リオネル・コーシュランLionel Koechlinのような、非常にすぐれたスタイルの作品を生み出している。この社の力量は、グラフィックのすばらしさにあふれた画期的な作品を世に送り出していることでわかる。

ヨーロッパ現代絵本のいくつかの傾向を、国際的な作品の中での、それぞれの国の特色を述べたが、最後に、典型的なヨーロッパの姿をもう一度見たいと思う。『不思議の国のアリス』が出版された1871年は最初に述べた「ヨーロッパ子ども文化」が成立した時代である。おそらく各国の交流や翻訳がさかんに行われるようになった時代に書かれたが、私には今日ルイス・キャロルLewis Carrollの作品はヨーロッパ中の作品がより集まった代表的存在のように思える。

あらゆる国で、たえまなくたくさんのアリスが描かれている。アーサー・ラッカムArthur Rackham、ニコル・クラヴルーNicole Claveloux、アラン・ゴティエAlain Gautier、リザベス・ツヴェルガーLisbeth Zwerger、ヘレン・オクセンバリーHelen Oxenbury、ごく最近ではアン・エルボーAnne Herbautsがいる。ヨーロッパのいたるところに、アリスをモデルにするか、参考にしようとする画家が大勢いる。フランスではクロード・ポンティ、ドイツではヴォルフ・エアルブルッフ、イギリスではアンソニー・ブラウンがあげられる。アリスが世に出てから百年以上たって、たしかに言葉遊びの翻訳という解決しがたい問題はあるにせよ、このユニークな物語は最もヨーロッパ的作品の一つになった。

アリスはまたヨーロッパの矛盾の姿でもある。それは多くの画家や読者を魅了してやまない言葉の働き、ひどく変わった語りの道筋、伝統的形式への問い掛けなどを超えて、普遍的作品になったからである。確かに現実の世界と空想の世界の間を行き来する通路を考え出した作者の力は大きい。このことは、これまで述べてきた現代絵本の、最も重要な中心部分であり、アンヌ・ブルイヤール、ヴォルフ・エアルブルッフ、クロード・ポンティ、キティ・クローザーといった画家たちに仕事の過程をほぼ十分に説明できるだろう。

この点について、ヨーロッパの作家は日本の作家から多くを学んだにちがいない。もちろん文学の分野だけではない。最後に、児童文学の世界を離れて、宮崎駿のアニメ映画がヨーロッパに与えた衝撃についてふれることをお許し願いたい。日本で大変親しまれた『千と千尋の神隠し』はヨーロッパでも大成功を収め、アニメ映画としては初の最優秀賞を獲得した。多くの大人も子どもも、宮崎の『となりのトトロ』をすでに見て感動した。日常生活のポエジーから不思議の世界の魔法へ、違和感なくスムースに、そして抑制をきかせながら導く監督の手法が、ヨーロッパの観客をひきつけたのだと思う。何人かの批評家は、この作品を理解させるために、ルイス・キャロルを引き合いに出した。もしアリスがこうした理解に役立つとすれば、これらのアニメ映画や多くの日本の絵本の中の現実と空想の間の特別な論理の展開もよく理解され、ヨーロッパの観客や芸術家を魅了したのは疑いない。これはもちろん、ヨーロッパと日本の間の、たくさんの実り豊かな文化交流を予想させるにちがいない。

末松氷海子 訳