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国際子ども図書館主催の展示会のお知らせです。

国際子ども図書館開館記念国際シンポジウム 抄録

シビル・A・ヤーグシュ

十二支と日本人

1987年、米国議会図書館児童書センターは日本の児童書およびテレビに関する会議を主催しました。日本からの来賓、東京子ども図書館理事長の松岡享子さんはその時「変わりつつある世界における日本の子ども」について話されました。集中力の低下、お話をあまり喜ばなくなったこと、そして時間の経過を非常に意識するということが、彼女の図書館の子どもたちに見られるようになったということでした。

松岡さんがおっしゃったことは、それから到来することの兆しだったのです。55年間に世界は大きく変わりました。60年代の初頭、マーシャル・マクルーハン(Marshall McLuhan)は、グーテンベルグの活版印刷がもたらしたのと同じ劇的な変化に、我々は通信コミュニケーションにおいても直面していると言ったのです。今や電子機械は我々の生活に押し寄せ、我々の生活を支配しています。いわゆる先進国に住む私達の多くはこれらの通信機器をほとんど毎日、使っているか所有しているのです。

『グーテンベルグへの挽歌 エレクトロニクス時代における読書の運命』という著書の中でスヴェン・バーカーツ(Sven Birkerts)は、容易ならざるパラダイムシフトを経験しているのだ、我々の集団的な記憶、そして本を通じてむこう一千年の間に受け継がれてきた我々の遺産が、失われる危機に瀕しているのだと言っています。彼は自分の学生が活字離れ、本離れを起こしていることを見つけ、学生が読書というものを時間がかかり、重要なことではないと考えているという点を指摘しています。つまり松岡さんが小さな子どもたちに見た現象と同じ現象を数年前にこのバーカーツも見たのです。

商業主義に支配されている現在、子どもが受ける影響によって、我々の文化は今後どうなってしまうのでしょうか。テクノ玩具や、商業主義によって薄められた文学に囲まれた子どもたちが成長したらいったいどんな大人になるのでしょうか。電子通信の普及によって、読書がもたらす「読む」という行為自体の喪失、バーカーツの言うところの "the reading state" 読書の状態、自分の内面に向き合う空間というものが喪失されつつあるというこの恐ろしい現実に我々はどう向き合っていったらよいのでしょうか。不必要な、役に立たない情報の大海に圧倒され、言葉や心が不毛になっていく現代において、我々は自分達のため、子ども達のために読書という空間を維持することが依然としてできるのでしょうか。

観世流の観世銕之丞(8世)が"In Search of the Spirit: The Living National Treasures of Japan" 『精神を求めて…日本の生きている国宝』の中で、過去のパワー、力強さというものが、古い面を通じて伝わって来るのだと語っています。これは活字にも言えることなのです。活字を通じて過去のパワーというものが我々のもとに来て、失われる危機に瀕している歴史、遺産を守るのです。この活字、読書、文学を守っていくべき我々の使命を次のエセル・ハインズ(Ethel Heins)の言葉によって確認したいと思います。

「技術がいかにインタラクティブなものであろうと、非常に人間的な現象である、苦悩、寂しさ、絶望、同情、機知、歓喜、愛といったものを伝えることができるか疑問に思う。この乱ればらばらに崩れた世界の中で、この文学の体験の力強さを子どもに伝えるためには、子どもと本を結ぶものがなくてはならない。そしてそれはもちろん、知識があり、思いやりがある大人だということだ。その少ない幸運なあなたがたにとって、これは今も真の天職であり続けると私は信じている。」