| 1893(明治26)年 |
静岡県浜松市に生まれる。 |
| 1907(明治40)年 |
14歳で、太平洋画会の付属機関として明治37年に創立された太平洋画会研究所に入り、石井柏亭、石井寅治から指導を受ける。 |
| 1910(明治43)年 |
『少年世界」懸賞表紙図案一等入選。 |
| 1913(大正 2)年 |
博文館の『幼年画報』『幼年世界』、時事新報の『少女』などに挿絵を描き始める。
1920年代に入ると、『コドモノクニ』『コドモアサヒ』『子供之友』で活躍し始める。 |
| 1928(昭和 3)年 |
1936年までの間、『少年倶楽部』に挿絵を描く。その他、『日本童話選集』(丸善株式会社 1926-1936)や『日本児童文庫』(アルス社 1927-1930) の挿絵画家陣に加わる。 |
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| 主な作品に、講談社の絵本の第70篇『こがね丸』(巖谷小波作 八波則吉再話 1938)、第95篇『孫悟空』(1939)、第149篇『孫悟空と八戒』(1940)がある。 |