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恩地孝四郎
おんち・こうしろう
1891 - 1955

1891(明治21)年 東京に生まれる。
1909(明治42)年 独逸学協会中学校を卒業後、高等学校受験に失敗して浪人中だった恩地は、この年の暮れ、竹久夢二の処女作『夢二画集 春の巻』を読み、感想を書き送ったのがきっかけで、夢二を訪ねるようになる。美術学校に入学後も友人らと訪ね、同人雑誌を出したり、本の装幀を手がけたりする。アカデミズムに抵抗して、三度、東京美術学校予備科の門をたたきながら卒業することはなかった。
1914(昭和 3)年 田中恭吉、藤森静雄と、詩と版画の同人誌『月映』を作り、創作版画に目覚めていく。それに合わせるように、未来派、立体派などの新しい表現様式を取り入れる。
1927(昭和 2)年 12月から翌年9月にかけて、『コドモノクニ』の白秋の童謡8篇に絵を添える。
1947(昭和22)年 『春夏秋冬』出版。
1955(昭和30)年 病没。
 1911年、「白樺」同人主催の泰西版画展で初めて紹介されたムンクの木版画や、1914年、山田耕筰と斎藤佳三がベルリンのシュトルム画廊の依頼で開いた「シュトルム木版画展」で、カンディンスキーの木版画を見たことから、木版画に興味を示した。とりわけ「白樺」はムンクを初めて紹介し、1912年4月号は挿画を添えてムンクを特集した。カンディンスキーの方は、すでに1912年より石井柏亭、木下杢太郎らが言及しており、木版画ばかりかその抽象表現や音楽性などを感得したとみてよい。
 1920年代に入ると北原白秋や山田耕筰と組んで、子どもの本や楽譜の「装本」(恩地の言葉による)をする。装幀の経験がある白秋は、恩地の仕事が気にいり、弟が経営するアルス社で<日本児童文庫>などの装幀をまかせる。
 『コドモノクニ』に参加したのは、まさに白秋と恩地の蜜月の時期で、1927年12月から翌年9月にかけて、白秋の童謡8篇に絵を添えた。見開き2ページにかかれた絵は実に新鮮で、直線や四角形、丸を構図にとりこみながら、青、赤、黄色を基調に、写実にとらわれないモダンな図柄である。
 愛児のために『子供之友』に載った武井武雄の絵を集めて製本するなど、美しい子どもの本づくりにも喜んで参加した。


参考文献
『恩地孝四郎 色と形の詩人』展カタログ 横浜美術館・宮城県美術館・和歌山県立近代美術館 1994年
『抽象の表情』恩地孝四郎版画芸術論集 阿部出版 1992年
『本という美術』 ー大正期の装幀から現代のオブジェまでー 展カタログ うらわ美術館 2001年
復刻版『白樺』 岩波ブックサービスセンター 1988年
『バウハウス 1919−1933年』展カタログ セゾン美術館 1995年
 

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