はじめに

ごあいさつ

国際子ども図書館は、児童書の専門図書館として、国内で刊行される児童書を収集し保存するとともに、外国の児童書についても古典的な作品を含め幅広く収集しています。その一つとして、18世紀から20世紀にかけてのイギリスの児童書を中心とする特別コレクション「イングラムコレクション」があります。
 この展示会では、イングラムコレクションの中から、近代児童文学の黎明期にあたる19世紀イギリスの代表的な作品を中心に、現在に連なる児童文学の源流を探ります。

なお、この展示会は、2011年10月5日から12月25日まで国際子ども図書館3階ホールで開催した同名の小さな展示会をもとに再構成した、いつでもどなたでもどこからでもお楽しみいただける「電子展示会」です。いくつかの資料については全文をデジタル画像でご覧いただけるようにしたほか、子どもの本の国際電子図書館(ICDL)インターネット・アーカイブで全文をご覧になれる資料を案内するなど、なるべく多くの資料の「中身」にも触れてお楽しみいただけるようにしました。

想像力にあふれた「子どものための文学」が生まれたヴィクトリア朝の子どもの本の魅力をお楽しみください。

この展示会について

イングラムコレクションは、イギリスのヘレフォード大聖堂主教座名誉参事会員エドワード・ヘンリー・ウィニングトン=イングラム師が、「ヴィクトリア朝の道徳的、精神的価値観に沿った児童文学」をテーマに収集を開始した、18世紀から20世紀にかけての児童書1,157冊で構成されています。
 聖職者ウィニングトン=イングラムが蔵書に託した「ヴィクトリア朝の道徳的・精神的価値観」とは、なんだったのでしょうか?
 ヴィクトリア女王の治世下(1837~1901)、産業革命による経済の発展を基礎に、政治・経済・文化のあらゆる面で世界に君臨した19世紀の「大英帝国」。この間の都市化・工業化の進展は子どもを取り巻く社会環境を大きく変え、また工業化に伴う物質主義の蔓延と科学技術の進歩は旧来の宗教的倫理観にも動揺をもたらします。
 貧しい子どもたちに聖書を教えるため、教訓的な物語をやさしく読めるような小冊子(トラクト)を配布する「日曜学校運動」を契機に広がった子どもの本は、教育の普及に伴い子どもが自分で本を選べる環境が整うにつれ、次第に「おもしろくて、ためになる」ものへと発展し、子どもの興味や関心に応えるさまざまなジャンルの作品が生まれます。また、印刷技術の進歩は、子どもの本の挿絵などにも革命的な変化をもたらします。
 近代化に向けた激動の中、社会の変化が人々の内面にも大きく影響を及ぼしたヴィクトリア朝の時代、近代児童文学は夜明けを迎えます。

関連年表

年代 イギリスの主な出来事 (参考)日本の動き
  18世紀後半頃 日曜学校運動始まる  
1825 世界初の鉄道完成  
1833 英国国教会で、信仰復興と教会改革を目指すオックスフォード運動始まる  
大英帝国内の奴隷制廃止  
ヴィクトリア朝 1837 ヴィクトリア女王即位  
1838 労働者階級が普通選挙制度を要求するチャーチスト運動始まる  
1840 アヘン戦争勃発  
1850 公共図書館法制定  
1851 万国博覧会、ロンドン・ハイドパークで開催  
    1853 ペリー来航
1859 ダーウィン、『種の起源』で進化論を発表  
1865 キャロル『不思議の国のアリス』  
    1868 明治維新
1870 初等教育法制定(公教育の始まり)  
1875 スエズ運河の支配権を取得  
1877 インド帝国成立(ヴィクトリア女王、インド皇帝の称号を得る)  
1883 スティーブンソン『宝島』  
1884 選挙権が農業労働者や鉱山労働者に拡大  
1886 バーネット『小公子』  
    1894-1895 日清戦争
1901 ヴィクトリア女王没  

イングラムコレクションについて

イングラムコレクションの核となっているのは、イギリスのヘレフォード大聖堂主教座名誉参事会員エドワード・ヘンリー・ウィニングトン=イングラム師が、ヴィクトリア朝(ヴィクトリア女王統治下の1837年から1901年のイギリス)の道徳的、精神的価値観に沿った児童文学をテーマに収集した資料です。
 のちに娘のコンスタンスがコレクションを引き継ぎ、収集対象が古典児童文学や絵本にまで広げられました。その後、コレクションは、コンスタンスがチェルトナム・レディースカレッジの副学長を務めた関係でチェルトナム・グロスターカレッジに寄贈され、1994年まで同大学が所蔵していましたが、その間にも若干の資料の追加がなされています。
 1996年に国立国会図書館が国際子ども図書館開館準備の一環として一括購入し、国際子ども図書館所蔵特別コレクションとして現在に至っています。

このコレクションには、「子どもの文学」が誕生したとされる18世紀イギリスで、子ども向けの書籍出版を始めた当時を代表する出版人ジョン・ニューベリーの手による作品から、グリムやアンデルセンの童話集を経て、次第に子どもの文学の楽しみが広がりを見せる19世紀のフェアリーテールやルイス・キャロルによる『不思議の国のアリス』などに代表されるファンタジー文学、少女小説や冒険小説など、19世紀を代表する児童文学作家たちによる代表的な作品が数多く含まれています。
 コンスタンス以降に追加された作品を含め、18世紀から20世紀前半に至るまで主にイギリスを舞台に発展を遂げてきた近代児童文学史の流れを辿ることができるコレクションです。

エドワード・ヘンリー・ウィニングトン=イングラム師について

Venerable Edward Henry Winnington-Ingram (1849~1930)

1849年3月13日、エドワード・ウィニングトン=イングラム師 Reverend Edward Winnington-Ingram とマリア・ルイーザ・ピープス Maria Louisa Pepys の間に生まれる。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ Trinity College を修了後、1876年から英国ウスターシャー Worcestershire 州 Ribbesford 教区牧師などを歴任し、1917年からヘレフォード Hereford 大聖堂主教座名誉参事会員に就任する。
 1880年、最初の結婚をしたエリザベス・ラスコム・ジョン=アンスティス Elizabeth Ruscombe John-Anstice との間に娘コンスタンス Constance Maud Winnington-Ingram(1880~1972)が生まれる。
 その後、1898年にハリエット・アン・バーナード Harriet Anne Bernard と2度目の結婚をし、1930年4月27日、81歳で生涯を終える。

(出典:Burke’s peerage, baronetage & knightage: clan chiefs, Scottish feudal barons / editor-in-chief, Charles Mosley. 107th ed. Burke’s Peerage & Gentry, ©2003)