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国際子ども図書館主催の展示会のお知らせです。

国際子ども図書館開館記念国際シンポジウム 抄録

島 多代

島 多代

私の立場がここにいらっしゃる方々と違うのは、私がIBBYという会をしており、いわゆる繋ぐ役割であるということです。そのIBBYがどうして存在するのかという、皆様の多くがお持ちの疑問にまずお答えすることから始めたいと思います。それがなぜ本を読むのか、という答えについてのヒントがどこかにあるということを期待して、まずIBBYの創立について簡単にお話したいと思います。

シュツットガルト生まれの女性ジャーナリスト、イエラ・レップマンは、第2次世界大戦中ユダヤ系であったために英国へ亡命していました。戦後廃墟と化したドイツへ戻り、そこで子どもたちに見た最大の欠乏が、精神の支えでした。「子ども達のために本をください」と彼女が世界に呼びかけると、人生の中で本が伝える精神の糧を知る人々が真剣にその叫びに応えたのです。当時二つの大戦を経て平和の実現の難しさを身にしみて感じていたヨーロッパの多くの人々の中に、政治の世界の限界を突きつけられ、人類共存の最後の希望を本を通じて子どもたちへ託すことに全身全霊打ち込んだ一人のずば抜けた女性の資質と実行力に注目し、連携したいと思う人々が出てきました。1953年のIBBY発足に先だって、ミュンヘンで1951年に準備集会が開かれ、当時、ミュンヘン大学の客員教授であり、人間の人格的生命力を中心とする文化の確立を唱え、欧米の教育界にも影響力をもつスペインの哲学者だったオルテガ・イ・ガセット(Ortega y Gasset)がレップマンに懇望されて、この準備集会に講演者として出席しました。

「人間の生命の機能には、三つの重要な区分が必要です。第一は道具、機械をつかう機能、第二は生命を自動的に維持する器官の働き、第三は人間一人一人を生き生きとさせる基本的な命のきらめき(生気)、それは知覚と感覚、勇気と好奇心、愛と憎しみ、楽しみや挑戦への願望、自己と世界への信頼、思い出、不思議さを感じ礼拝心を喚起される受容力です。教育とは、子どもの中にある、第三の機能であるこの内的存在の訓練に他なりません。子どもは、大胆に、寛容に、野心的に、情熱的な感情の中で育てられるべきです。ヘラクレスやオデッセウスのような神話の主人公は、子どもたちにとって完璧です。すべての神話と同じように彼らは無尽蔵な情熱を生むからです。」

先ほど松岡さんが触れていましたが、この後に、オルテガは「ドン・キホーテは子どもには合わない。」と言っています(笑)。だからそこはいろいろな議論があったわけですが。彼は当時(1950年頃)の教育状況についてこう言っています。

「時代と共に歩みたいと考えている教育者にとってこの数十年の地平線の広がりは大きなものです。ヨーロッパにおける過去の一時的政治体制は、現在のすべて政治的なものへの軽視にとって代わられてしまいました。教育は政治に適合させる必要はなくなり、むしろ政治が教育に適合していかねばならなくなるでしょう。ずっと昔にプラトンが夢見たように。また、教育者は学校において、文学よりも新聞に優先権を与えるかもしれません。しかし、新聞に表現されていることは人生の意図とは関係なく、それはむしろ純粋に単純に社会の表面に日に日に変化する状況を伝えるものです。より深い、より人格的な、人生の重要な様相はほとんどすべて排除されます。教育の課題とはいつもこれが限界を持つものである、ということです。」

また、オルテガは子どもについて次のように語っています。

「我々成人が現実を参考にしながら行動する中で、子どもはその精神のよりどころにおいて、何ら確信を持たずに行動することができます。しかしながら、教育はいつも子ども時代の翼を切ろうとしてきました。大人の世界は子ども時代を妨害し、抑圧し、手足をもぎ、その精神を歪めてきました。しかし、成熟ということや文化というものは、大人や賢人が創ったものではありません。それは、子どもや私達の中にある未開の部分が創ったものであるということを覚えていてほしいのです。子ども達がいつか大人になるということをできるだけ完全に忘れて、子ども達を育てましょう。最良の人間は子どもらしさがなかった人からは決して生まれず、心の中に子ども時代の豊かな宝を失わずに持ち続けている人をいうのです。その昔、プラトンが語ったように、我々は自分の中の子どもを決して死なせてはいけません。」

「成熟ということは、子ども時代の終了ということでなく、子ども時代を携えていくということです。詩人の詩、また賢人や天才的な政治家の言葉は、長い長い間牽制されていた末、押し出され、鳴り響きたいという願いを込めた、永遠の子どもの声のこだまのようなものです。」

彼の熱烈で確信に満ちたこの講演は、第2次世界大戦後のヨーロッパで人間社会のあまりの脆弱さに打ちひしがれていた多くの参加者に深い感動を与え、その後レップマンを始めとするIBBYの創始に関わった人々の普遍的な共通基盤となったのです。

いまだに教育の問題で悩み、世界中で戦火を消し得なかった50年後の現在、私たちはIBBY設立時のオルテガ・イ・ガセットの言葉を忘れるわけにはいきません。遠い昔から、人間は考え、歌い、喜び、悲しみ、思い、生き死に、そのさまざまな生き様を物語、ドラマ、詩、絵、音楽などによって伝承してきました。これらを満載して子どもの本は、彼らが人生の道のりを歩きつづけるために必要な、智恵と勇気を照らす灯火として、手渡されるものではないでしょうか。このどの時代にも、どの地域にもあった人間の精神の営みは、いまも続けられています。IBBYは、人類が共有すべき人間の精神活動を担ってきた人々の間にネットワークを張り、お互いに励ましあってきました。国際アンデルセン賞、IBBY朝日児童図書普及賞、国際子どもの本の日、IBBYオナーリスト、IBBY障害児図書館、機関誌「ブック・バード」を通して、IBBYは今、しっかりと世界の多くの仲間たちと結ばれています。今日、ここにご出席のスピーカーたちも全員IBBYと深く関わっている方々です。いずれの時代にも、新たな困難をきりぬける鍵として、子どもたちに本を手渡すことを使命とする限り、私たちは自分の仕事が決して楽になることはなく、終わることもなく、しかし、限りなく生きがいに近いものだということを実感しているのです。IBBYは21世紀にも国境なく、本を手渡す人々の集まりとして重要な任務を負うことになると信じています。