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征韓論 1

1871年、日本は清と対等な立場で「日清修好条規」(にっしんしゅうこうじょうき)を結んだが、清に朝貢していた朝鮮は明治政府との国交を拒んでいた。

 

征韓論 2

鎖国をしていた朝鮮に対し、西郷隆盛(さいごうたかもり)や板垣退助(いたがきたいすけ)らにより、武力による開国を主張する「征韓論」(せいかんろん)が高まる。

 

征韓論 3

岩倉使節団(いわくらしせつだん)として欧米を視察していた大久保利通(おおくぼとしみち)らは、帰国すると内政の優先を唱え、朝鮮への使節派遣は中止となる。1873年西郷隆盛らは征韓論争に敗れて辞職した(明治六年の政変)。

 

征韓論 4

新政府は、1875年に軍艦を朝鮮半島の江華島(こうかとう)に近づけた。その結果、朝鮮と戦闘となり、江華島事件が起きた。

 

征韓論 5

江華島事件をきっかけに、1876年、朝鮮を独立国と認めた条約「日朝修好条規」(にっちょうしゅうこうじょうき)を結び、朝鮮を開国させた。この内容は朝鮮にとって不平等なものだった 。

 
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