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「コドモノクニ」の画家たち
「コドモノクニ」の子どもたち
この展示について

 1922年の創刊から10年間ほどの「コドモノクニ」のページを繰って目にする子どもたちは、21世紀をむかえた我々にとって、半世紀以上のへだたりを感じさせません。
 
ボクノヘヤ 1930年1月 岡本帰一 遠足 1930年5月 福田新生
 色鮮やかなゆったりしたドレス、シャッポー、雨傘に長靴、風にひるがえるマント、毛皮のついた外套。花模様のカーテンがゆれる窓辺。テーブルクロスのかかったテーブルで食べる苺のおやつ。ジャングルジムにのぼる子どもたち。サンタクロースが今まさに煙突に入ろうとしているディスプレーとそれを見ている人々。
 二十世紀も終りに近くなった頃、これらのものはすでに多くの日本の庶民にとって現実のものになっていました。
 
カゲフミ 1928年10月 諫山芳恵 裏表紙 1930年7月 福田新生
 
ピアノ 1928年7月 岡本帰一 ゴベンキャウ 1925年11月 伊藤孝
   
赤ちゃんのご飯 1927年10月 岡本帰一  
 「コドモノクニ」の子どもたちは、近代的な都市の豊かな生活を享受しています。洋風の住宅、にぎやかな雑踏を走る電車や自動車。空には飛行機が飛ぶ。高層ビルが林立する地面の下を地下鉄が走る。
 
ナワトビ 1931年3月 川島はるよ カハイイ交通巡査 1930年5月 岡本帰一
   
デパート 1932年2月 安井小弥太  
 明治の開国以来目指してきた近代化が現実のものになろうとしていたのが、大正ロマン主義の時代でした。1920年代の「コドモノクニ」に登場する子どもたちの環境は、典型的な和洋折衷です。そこには、短期間に近代化を実現したという自負に支えられ、さらに強く豊かな国家にならんと望みをふくらませていた、当時の日本人の気分が反映されています。
 
年始状 1922年12月 本田庄太郎 日・英・米・仏・伊の赤ちゃん 1931年1月
岡本帰一
 遠く西欧から空を飛んでやってきた飛行船ツェッペリン号をおとなも子どもも同じように見上げて感嘆の声をあげています。おとなと子どもが新しい経験を共有する変化の激しい現代が始まろうとしていたのです。
 新しい交通機関の建設や電話、ラジオといった通信機器の登場など、機械文明は便利な生活を約束してくれていました。
 
独乙の飛行船 1929年11月 岡本帰一 鉄橋 1931年12月 安井小弥太
 
デンワ 1923年1月 岡本帰一 ラヂオの製作 1928年2月 岡本帰一
 編集顧問であった倉橋惣三は、まず家庭で素直に子どもらしくのびのびと成長する子どもを描くことを望んでいました。そして、幼稚園、学校と経験の場をさらに広げていって、社会のなかで労働するおとなからも多くを学んでほしいと願っていたようです。
 画家たちは、倉橋の心を汲んで存分に腕をふるって、さまざまな場所でさまざまな経験に目を輝かせる子どもたちを描きだしたのでした。
 
らかんさん 1923年3月 岡本帰一 フンスヰ 1927年8月 岡本帰一
 
ジャングルジム 1930年10月 岡本帰一 ウンドウクワイ 1928年10月 川上四郎
 
車のあとおし 1923年9月 岡本帰一 イネコギ 1927年12月 松山文雄
   
オハナシ 1929年2月 岡本帰一