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解説「欧米の絵本にみるジャポニズム」

ジャポニズムとは、一般的には「日本趣味」という意味で使われますが、ここでは特に19世紀の後半、日本の美術や工芸が、ヨーロッパの芸術家たちに及ぼした様々な影響のことを指しております。

一章 ジャポニズムの時代

(注記:以下のテキスト本文は朗読と同じ内容を書き出したものです。)

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(♪) 日本人は、極東の温暖な風土のなかで、長いあいだ木々に覆われた山々と、その間からわき上がる墨色の霧の濃淡と湿った泥の色に囲まれて、さまざまな芸術表現を生み出してきました。

「松林図屏風」 長谷川等伯

桃山時代(16世紀後半) 国宝

東京国立博物館蔵(全体図および部分図)
Image:TNM Image Archives

(♪) 浮世絵が、ヨーロッパの印象派の画家たちに影響を与えたことはよく知られています。しかし、絵本の表現にまでその影響をうかがえることは、あまり知られていません。19世紀の終わり、ときはまさに、ヨーロッパの木版多色刷り絵本の草創期と重なる時代でした。(♪)

独特なスタイルでそり立った山が描かれています

「東海道五十三次之内 箱根」 歌川広重

天保4年(1833)頃

東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

広重の絵と似たスタイルでそり立った山が描かれています

「わらべうた」 
クロード・ロバット・フレーザー絵

1916年

独特なスタイルで海の大波が描かれています

「富嶽百景 海上の不二」 葛飾北斎

天保6年(1835)刊

東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

北斎の絵と似たスタイルで海の大波が描かれています

「サルタン王物語」
イワン・ビリービン絵
アレクサンダー・プーシキン文

1905年

二章 ウィリアム・ニコルソン

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(♪) ウィリアム・ニコルソンの絵本「動物の四角本」は、ジャポニズムの普遍的な美意識を提示しています。ここには、それまで身近な動物や家畜に過ぎなかった対象が、純粋に芸術的な画題として登場します。そして、絵本の描き方の常道となってきた、時間の経緯にそって物語りを描くという発想を離れ、イラストそのものの空間と平面構成が重視されはじめます。ページごとの画面の効果と、一冊の絵本としての構成の妙が見事に計算されています。(♪)

「四角いどうぶつ絵本」
アーサー・ウォー詩 ウィリアム・ニコルソン絵

1900年

(C) by permission of Elizabeth Banks

三章 ウォルター・クレイン

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(♪) ウォルター・クレインの「長靴をはいた猫」には、鮮やかな色彩とはっきりした輪郭で描かれた人や物が登場します。その点では、墨一色の江戸絵本とは異質な表現に見えるかもしれません。しかしここでは、ルネサンス以来、絵画の基本原則であった1画面1シーンの構成原理が意識的に無視されています。一画面に複数のシーンが同時に描かれていくという江戸絵本に通じる画面構成が見られます。

江戸絵本「ぶんぶく茶釜」より

江戸絵本「はちかづき姫」より

「長ぐつをはいた猫」 ウォルター・クレイン絵

1875年(1873年初版)

1ページと2ページの見開き

(♪) 一頁目では、長男と次男、そして猫をもらった三男の遺産相続の条件が描かれます。
(♪) 二頁目からは、命をかけた猫の、大胆に下から上へ続く仕掛けの動作。

4ページと5ページの見開き

(♪) 三頁から六頁目までは三男をカラバ公爵とする猫の知恵の見せ所。

7ページと8ページの見開き

(♪) 七頁と八頁では鬼から領地をとりあげ、カラバ公爵のものとする猫の大作戦と成功後の大団円。

(♪) たった八頁の絵本の中に、壮大な「長靴をはいた猫」の舞台が色鮮やかに丹念に展開します。(♪) クレインのジャポニズムへの傾倒は大きく、浮世絵師豊国の版画を所有していたとも伝えられています。

四章 絵本の中のジャポニズム

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「芍薬 カナアリ」 葛飾北斎

天保5年(1834)頃

東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

(♪) 絵本の中のジャポニズムにはまた、自然の断面描写、すなわち自然界の風物の一断面を切り取ることによって、その全体を表現できるという美意識を伝えたものもありました。それはまるで広重や北斎の描いた花や鳥たちが海を越えてイギリスに飛んで渡ったかのような錯覚を覚えるほどです。日本の美術表現との出会いから、これらの卓越した西洋の絵本作品が誕生したことは、驚くべきことです。そこには、異国の芸術のなかに、究極の造形美や哲学を捉えた19世紀末の西洋人の鋭い感性が示されているのです。(♪)

ヒョウと鶏が描かれています

「今昔未見 生物猛虎之真図」 河鍋暁斎

万延元年(1860)

河鍋暁斎記念美術館蔵

暁斎の絵のヒョウや鶏と似たスタイルで動物が描かれています

「ノアの箱舟物語」 E・ボイド・スミス文/絵

1905年

水中を泳ぐ鯉の姿が描かれています

「鯉魚遊泳図」 河鍋暁斎

明治18〜19年(1885〜86)頃

河鍋暁斎記念美術館蔵

水中を泳ぐ鯉の姿が描かれています

「水の子」 チャールス・キングスレイ文 ジェシー・ウィルコックス・スミス絵

1916年

独特なスタイルでキジが描かれています

「雉子と蛇」 葛飾北斎

天保前期(1830〜33)頃

東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

北斎の絵に似たスタイルでトリが描かれています

「ランボー・ライムズ」 
ウォルター・クレイン

1911年

「ロビンソン・クルーソー」 
ダニエル・デフォー文 
N.C.ワイエス絵

1920年