旧因州池田屋敷表門(黒門)

歴史
江戸城、今の皇居周辺には全国各地の大名やその家族、家臣が暮らした武家屋敷が多く存在していました。明治以降、姿を消していきましたが、中には屋敷の一部が今でも残っていることがあります。例えば、東京大学本郷キャンパスにある有名な赤門は、
旧加賀屋敷[?]
の門でした。
上野にも、東大の赤門と並び称される「黒門」があります。東京国立博物館の敷地内(とはいえ、外からでも見えるところ)に、黒くて厳かな雰囲気の門が、どっしりした姿を見せています。これは元々、江戸時代に建てられた旧因州(いんしゅう)池田屋敷の表門でした。
因州というのは因幡国(いなばのくに)、現在の鳥取県です。池田家は外様大名ながら徳川家との関係が強く、
徳川御三家・御三卿[?]などに準ずる高い家格(かかく)を与えられました。
その表門は、屋敷があった大名小路(現在の丸の内)に建っていました。建てられた年代ははっきりしませんが、江戸時代末期と考えられています。明治維新後の1892年(明治25年)に高輪の
常宮御殿[?]
に移築されました。この御殿の主は何度か代わり、昭和の時代には高松宮の住まいにもなりました。表門は、そのときもまだ、その場所にありました。
1954年(昭和29年)、門が上野の東京国立博物館に移され、現在に至ります。
現在のみどころ
旧因州池田屋敷表門は、重要文化財です。東京国立博物館の敷地内にありますが、外の道路からでも見ることができます。
東京国立博物館では、曜日や時間等を限定して門を開放しており、日時が合えば門をくぐることができます。
屋根は入母屋(いりもや)造で、門の左右に向唐破風(からはふ)屋根の番所(ばんしょ)を備えており、大名屋敷の表門としては最も格式が高い、印象に残る姿です。