建築家の記録
建築に携わった建築家たちをご紹介します。
帝国図書館に携わった建築家たち
久留 正道
くる まさみち(1855-1914)
久留正道は1855(安政2)年3月に生まれました。1881(明治14)年に工部大学校を卒業し、工部省、内務省を経て文部省に移りました。山口半六(やまぐちはんろく)の下で建築業務に従事し、旧制高等中学校(第一高等中学校等)の校舎設計新築に関わっています。1892 (明治25)年2月に会計課建築係長となり、同年8月にシカゴで開かれるコロンビア万国博覧会における日本館の工事監督をするため渡米しました。翌1893(明治26)年6月に帰国し、1897(明治30)年4月に帝国図書館新築設計委員を命ぜられました。その後、久留は、真水英夫を文部技師として招き、帝国図書館の建築に携わりました。久留は、同じく上野にある「旧東京音楽学校奏楽堂」(1890(明治23)年)の設計にも携わっています。
真水 英夫
まみず ひでお(1866-1938)
真水英夫は1866(慶応2)年7月に江戸で生まれました。1889(明治22)年東京帝国大学工科大学に入学して建築を学び、1892(明治25)年に卒業し、1896(明治29)年5月に文部省に入り、久留正道の下で帝国図書館の建築に携わりました。
真水は1898(明治31)年の夏から翌1899(明治32)年2月まで米国に滞在し、ワシントンの米国議会図書館、ボストン公共図書館、シカゴのニューベリー図書館など、当時竣工したばかりの最新の設備をもつ大型公共図書館を調査しました。これらを参考にして、帝国図書館の設計の原案を作成しました。
帰国後に計画した帝国図書館の全体像はかなり大規模なものでしたが、予算上の理由で大幅に縮小され、一部のみの実現となりました。また、真水が提案した和風の要素を取り入れた案が受け入れられなかったこともあって、真水の建築への意欲は大きく損なわれることとなり、着工から2年後の1902(明治35)年7月に、中途で辞職しています。
岡田 時太郎
おかだ ときたろう(1859-1926)
岡田は1859(安政6)年8月に肥前唐津で生まれました。1880(明治13)年に大阪の梅田停車場建築課詰となって土木建築に従事しました。1885(明治18)年に上京し、東京大学雇となって、山口半六の下で建築工事に携わりました。翌1886(明治19)年工科大学本館の建築に際し、辰野金吾(たつのきんご)の下で工事を担当しました。辰野が銀行建築の調査のためアメリカやヨーロッパへ渡ったときに随行し、ロンドン大学で建築学を学びました。1890(明治23)年に帰国した後、日本銀行建築技師になり、1899(明治32)年に岡田工務所を設立しました。
1903(明治36)年3月から真水の後の帝国図書館の工事監督を引き受けましたが、任期中に日露戦争(1904(明治37)年から1905(明治38)年)が起こり、現場担当の地位を辞して、満州に赴きました。満州では軍事関係倉庫の建設に従事し、従軍記章を受けています。
岡田が建築に携わった建造物で現存するものに、「牛久シャトー」(1903(明治36)年)、「旧三笠ホテル」(1906(明治39)年)があります。
国際子ども図書館に携わった建築家たち
坂本 勝比古
さかもと かつひこ(1926-2020)
1926(大正15)年中国青島市生まれ。1949(昭和24)年に神戸工専(現神戸大学工学部)建築学科を卒業し神戸市に入り、1965(昭和40)年に東京大学で工学博士の学位を取得。1973 (昭和48)年に神戸市教育委員会社会教育部主幹となり、1973(昭和48)年から1974(昭和49)年まで、イタリア政府給費留学生としてローマの文化財保存修復国際センター(ICROM)に留学。1980(昭和55)年に千葉大学工学部教授に就任、1991(平成3)年に神戸芸術工科大学教授に転じ、1997(平成9)年より神戸芸術工科大学名誉教授。
第22回明治村賞や神戸市文化賞などを受賞。旧帝国図書館の建物を増築・復元するにあたり、保存指導をしていただきました。
安藤 忠雄
あんどう ただお(1941-)
1941(昭和16)年大阪生まれ。建築を独学で学び、1969(昭和44)年に安藤忠雄建築研究所を設立しました。代表作に、「六甲の集合住宅」、「光の教会」、「大阪府立近つ飛鳥博物館」、「ピューリッツァー美術館」、「表参道ヒルズ」などがあります。「住吉の長屋」で日本建築学会賞(1979(昭和54)年)、フランス建築アカデミーゴールドメダル(1989(平成元)年)、国際建築家連合(UIA)ゴールドメダル(2005(平成17)年)などを受賞。イェール、コロンビア、ハーバード大学の各客員教授を歴任。
1997(平成9)年より東京大学教授、2003(平成15)年より名誉教授となって現在に至っています。阪神・淡路震災復興支援10年委員会の実行委員長として被災地の復興に尽力されました。
エントランスからカフェテリアを収めるガラスボックスと、裏外壁の東西を貫くガラスボックスを交差させたデザインは、安藤忠雄氏によるものです。旧帝国図書館の建築のレンガや石を際立たせると同時に、既存のデザインと共生した新しい空間を生み出しています。