篤姫/天璋院
(あつひめ/てんしょういん)
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1837年1月25日~1883年11月12日 (天保7年12月19日~明治16年11月12日) |
画像出典:三田村鳶魚『鳶魚随筆』春陽堂 大正14 【536-84】 国立国会図書館デジタルコレクション |

将軍の御台所(みだいどころ) 大臣・将軍の妻に対して用いられた呼称。
薩摩を離れ、1856年、20歳で第13代将軍徳川家定(とくがわいえさだ)に嫁ぎ、正室(御台所)となります。
斉彬は後に篤姫について、「忍耐力があり怒ったことがない、大きな広い心の持ち主で、温和に見えて人と接するのがとても上手、御台所にはふさわしい人物」と言っています。
注1: | 大臣・将軍の妻に対して用いられた呼称。 |
徳川家存続のために
1868年(32歳のとき)、故郷の薩摩藩を含む新政府と旧幕府が戦った戊辰戦争(ぼしんせんそう)が起こります。新政府軍が江戸城に迫ると、西郷隆盛(さいごうたかもり)に手紙を送るなど、静寛院宮(せいかんいんのみや)(和宮)と共に徳川家の存続のために力を尽くします。手紙には、徳川家に嫁いだからには「当家之土(徳川家の土)」となる、と書いてあります。

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:児童書 | ![]() |
:小説 |
平川南[ほか]編 大石学著『Jr.日本の歴史.5』
小学館 2011 【Y2-N11-J89】 p.295 「江戸開城と篤姫・和宮」
寺尾美保著 尚古集成館監修『みんなの篤姫』
南方新社 2008 【Y3-N08-J22】鹿児島市の博物館「尚古集成館」の学芸員が分かりやすく書いた本です。「調べてみよう!写真で見る篤姫」では、篤姫と和宮の着物を比べられます。
篤姫略年譜・主要参考文献もあります。
宮尾登美子『天璋院篤姫』上・下 新装版
講談社(講談社文庫) 2007 【KH366-H772】【KH366-H773】