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(♪) はたらく人々〜現代の人間と機械を写真で描く ルイス・W・ハイン




(♪) 巻き上げ係は、横材に太いケーブルを取り付け、指定の場所に誘導し、ベル係に手を振って合図する。必要なのは、精密なチームワークだ。全員が気を引き締め、各自の役目を果たす。









(♪) 右は、巨大なエンジン工場で、鉄道車両の車輪を作っている技術者。

(♪) 右のページは、プルマン車をつなぐ鋼鉄板に、細心の注意を払って穴をあける、経験ゆたかな労働者。




(♪) 地下深くで、石炭の細い鉱脈を掘り進む二人組の鉱夫。右下の写真は、ランプをつけたベテラン鉱夫。
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ルイス・W・ハイン(1874–1940)作\
この写真絵本は、ニューヨークのマンハッタンで、当時エンパイア・ステート・ビルを世界一高い建物にするため、ツェッペリン号などの飛行艇の保留場建設に従事していた人々を、撮影したものです。
当時、機械や技術は、幸せな未来への保証と考えられていました。しかし一方で、機械文明が多くの失業者を生み出す過酷な現実もありました。この本の中表紙には、「はたらく人々〜現代の人間と機械を写真で描く」という表題が掲げられ、左頁にはハインの代表作とされる“空中少年”という表題の写真があり、ニューヨークの地上400メートルのワイヤー上で高層建築に従事する人の写真が載っています。
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ルイス・ハインが友人フランク・A・マニーへの献辞に使ったのは、「戦いと同様の価値ある行為」(ウィリアム・ジェイムス作)からの抜粋で、建設工事で働く人々、警察や消防の仕事に携わる人々の勇気への賛辞の引用です。そして、冒頭の頁には「工事の精神」という題名で、読者に、機械を賢く使い操作することが出来る真摯な人々の働きに、社会における人間の生命と幸福が如何に委ねられているか、を語っています。
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ルイス・ハインは1874年、ウィスコンシン州オシュコシュに生まれ、1907年にコロンビア大学で社会学の学位を取得しています。常に写真を教材や研究に使い、子どもたちへの写真物語はすでに1908年頃からはじめていました。それがやがて「はたらく人々」に結集されていったのです。
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ルイス・ハインのエリス島の移民の写真は有名ですが、工場や炭坑の児童労働、夜間の新聞配達など後の児童労働法確立に大きく貢献することになります。第一次世界大戦では、東欧の救護施設における赤十字の活動を撮影します。1920年代には、工場労働者の肖像写真を積極的にとります。そして、1930年代にはエンパイア・ステート・ビル建設を写真に記録します。1930年代後半には、フリーのカメラマンになり、1940年に貧困のうちにニューヨーク郊外の自宅で死亡し、その業績が再評価されるのは、数十年先のことでした。