• トップ
  •  > 第6章 21世紀の子どもの本 その2 児童文学

第6章 21世紀の子どもの本 その2 児童文学

1 新しい世紀の子ども像

子どもをめぐる問題は子どもの力によって必ず乗り越えられるという児童文学の理想主義が見直されるきっかけを作ったのは、那須正幹の『ぼくらは海へ』(1980年)でした。これは、第4章にも記したとおりです。児童文学のリアリズムが子どもたちの状況を深く描けるようになったとき、理想主義で書くこともむずかしくなっていきました。80年代以降の児童文学は、子どもの問題は子どもの力によって乗り越えられるかどうかわからないという前提に立ち直しています。

1980年代以降、自らの理想主義をかえって鍛えようとしたのが後藤竜二です。後藤は、いじめや暴力もある学校で生きる子どもたちを描きつづけました。『12歳たちの伝説』全5巻(2000~04年)は、短い章を積み重ねるかたちで書かれていきますが、それぞれの章をクラスのいろいろな子どもたちが一人称で語ります。子どもたちの語りのモザイクによってクラスの雰囲気が見えはじめ、物語は、紆余曲折をへながらも、明るいほうへ向かっていくのです。

象徴的にいえば、『ぼくらは海へ』の那須正幹と、『12歳たちの伝説』の後藤竜二が二つの端を両側から引っ張っているスクリーンに映し出されたのが児童文学の現在です。ここでは、21世紀の子ども像を描き出す様々な試みを紹介します。

2010年に後藤竜二が67歳で急逝し、スクリーンの片方の持ち手をうしなった児童文学は、これからどこへ行くのでしょうか。

「こちら地球防衛軍」のサムネイル

「こちら地球防衛軍」の拡大画像を開きます

6-2-1こちら地球防衛軍
さとうまきこ 著
講談社 2000(平成12)
当館請求記号 Y8-N00-263
駅の伝言板に書かれた「2000年10月2日世界は終わる」という言葉を見つけたことから始まった二人の小学6年生の非日常を描いた物語。

「12歳たちの伝説」のサムネイル

「12歳たちの伝説」の拡大画像を開きます

6-2-212歳たちの伝説
後藤竜二 作 鈴木びんこ 絵
新日本出版社 2000(平成12)
(風の文学館 ; 21)
当館請求記号 Y8-N00-367
小学5年で学級崩壊を経験し、「パニック学級」とも呼ばれた6年1組の物語。語り手を変え、短い章を重ねていくことで、ひとつの物語を浮かび上がらせる。後藤のこれまでの作品の総決算的作品。

「ぎりぎりトライアングル」のサムネイル

「ぎりぎりトライアングル」の拡大画像を開きます

6-2-3ぎりぎりトライアングル
花形みつる 作 浜田桂子 絵
講談社 2001(平成13)
(わくわくライブラリー)
当館請求記号 Y8-N01-258
小学5年生のクラス替えで独りぼっちになったノリコに声をかけたのは、クラスで浮きまくりの女子コンビだった。主人公が、破天荒な二人の行動を愚痴りながら一人称で語っていく新たな切り口の友情物語。

「ユウキ」のサムネイル

「ユウキ」の拡大画像を開きます

6-2-4ユウキ
伊藤遊 作 上出慎也 画
福音館書店 2003(平成15)
当館請求記号 Y8-N03-H493
平安朝ファンタジーで有名な作者による、現代日本を舞台とした物語。主人公のケイタの前に現れた四人目の「ユウキ」との出会いから、失敗してもやり直せばいいことに気づかされる。

「ペーターという名のオオカミ 」のサムネイル

「ペーターという名のオオカミ 」の拡大画像を開きます

6-2-5ペーターという名のオオカミ
那須田淳 作
小峰書店 2003(平成15)
(Y.A.books)
当館請求記号 Y8-N04-H165
故郷の森を目指して逃げる群れからはぐれた子オオカミを、群れに戻すため旅に出たリオとアキラ。旅の中で少年二人は現実に向き合い、自らが成長途上にあることを知る。

「ハーフ」のサムネイル

「ハーフ」の拡大画像を開きます

6-2-6ハーフ
草野たき [著]
ポプラ社 2006(平成18)
(Teens’ best selections ; 8)
当館請求記号 Y8-N06-H716
父親に「母親は犬」だと言われて育った息子の葛藤を、息子の視点から丁寧に描きだした家族小説。

「そのぬくもりはきえない」のサムネイル

「そのぬくもりはきえない」の拡大画像を開きます

6-2-7そのぬくもりはきえない
岩瀬成子 著
偕成社 2007(平成19)
当館請求記号 Y8-N07-H1204
びくびくとまわりの様子をうかがってばかりいる9歳の女の子が、不思議な男の子とのちぐはぐなやりとりからしか生まれない、心の深いふれあいを描く。

「やぶ坂に吹く風」のサムネイル

「やぶ坂に吹く風」の拡大画像を開きます

6-2-8やぶ坂に吹く風
高橋秀雄 作 宮本忠夫 絵
小峰書店 2008(平成20)
(文学の散歩道)
当館請求記号 Y8-N09-J36
やぶ坂の上には祖母、母、義父と暮らす小学5年生の良夫と、家族同然に仲の良い和雄の家の2軒だけが建つ。まだ戦争の名残りある1960年代、貧しさの中でも、みずみずしい感性とまっすぐな眼差しを失わず生きる良夫と、周囲の人々との日常を温かく描く。

「フュージョン」のサムネイル

「フュージョン」の拡大画像を開きます

6-2-9フュージョン
濱野京子 著
講談社 2008(平成20)
当館請求記号 Y8-N08-J275
2本の縄を使って跳ぶダブルダッチという競技との出会いから、中学2年生の朋花が自己を再発見していく物語。

「チャーシューの月」のサムネイル

「チャーシューの月」の拡大画像を開きます

6-2-10チャーシューの月
村中李衣 作 佐藤真紀子 絵
小峰書店 2012(平成24)
当館請求記号 Y8-N13-L37
児童養護施設で暮らす子どもたちの日常をとおして、大人から自立して生きようとする子どもたちの力強さを描き出した。

2 <YA(ヤングアダルト)>の波・加速するナンセンス

現代児童文学は、散文的なことばによって、「戦争」を描き、戦争を引き起こすこともある「社会」を描きました。子どもたちから遠ざけられていたテーマ(「性」や「死」や「家庭崩壊」など)を、むしろ人間の本質にかかわることとして積極的に描きはじめたのは、1970年代の後半です。少なくともテーマの面では、「児童文学」は、「文学」とかわらないものになっていきました。

様々な主題を深めることになった現代児童文学の読者層は、中高校生へと広がり、大人の読者たちも呼び込まれてきます。ここに、YA(ヤングアダルト)という領域が形成されました。YA=若者の文学への発展は、児童文学の豊穣ともいえます。同時に、児童文学の本来の読者を小学生と考えるならば、作家たちの関心がYAへと向かった状況は、児童文学の空洞化ととらえることもできます。

ここには、小学2~3年生までの読者を対象とする幼年文学の新しい収穫も紹介しています。

【コラム】<YA(ヤングアダルト)>の波

「Dive!! 1(前宙返り3回半抱え型)」のサムネイル

「Dive!! 1(前宙返り3回半抱え型)」の拡大画像を開きます

6-2-11Dive!! 1(前宙返り3回半抱え型)
森絵都 著
講談社 2000(平成12)
当館請求記号 KH372-G584
飛込み競技の弱小クラブの存続をかけて、オリンピック出場をめざす中学生たちの物語を鮮やかに描きだした。のちに実写映画化もされた。

「楽園のつくりかた」のサムネイル

「楽園のつくりかた」の拡大画像を開きます

6-2-12楽園のつくりかた
笹生陽子 著
講談社 2002(平成14)
当館請求記号 KH526-G614
親の都合で田舎の学校へ転校することになった中学2年生の優が、受け入れられない現実と少しずつ向き合っていく物語。饒舌な「ぼく」の語りによって展開していく。テレビドラマ化もされた。

「妖怪アパートの幽雅な日常 1」のサムネイル

「妖怪アパートの幽雅な日常 1」の拡大画像を開きます

6-2-13妖怪アパートの幽雅な日常 1
香月日輪 [著]
講談社 2003(平成15)
(YA!entertainment)
当館請求記号 Y8-N03-H967
目の前で起こる不思議な体験も徐々に受け入れていく男子高校生・夕士の目線を通して、困難な現実をも乗り越えていこうとする現代版の成長物語。

「一瞬の風になれ 第1部(イチニツイテ)」のサムネイル

「一瞬の風になれ 第1部(イチニツイテ)」の拡大画像を開きます

6-2-14一瞬の風になれ 第1部(イチニツイテ)
佐藤多佳子 著
講談社 2006(平成18)
当館請求記号 KH537-H600
陸上部に入部した二人の男子スプリンターをとおして、高校生たちの葛藤を鮮やかに描き出した。テレビドラマや漫画化もされた。

「園芸少年」のサムネイル

「園芸少年」の拡大画像を開きます

6-2-15園芸少年
魚住直子 著
講談社 2009(平成21)
当館請求記号 Y8-N09-J1007
ひょんなことから高校の園芸部に入部することとなった、タイプの違う男子三人の交流をとおして、それぞれが心にかかえているものが、ゆるやかに解きほぐされていく物語。

「皿と紙ひこうき」のサムネイル

「皿と紙ひこうき」の拡大画像を開きます

6-2-16皿と紙ひこうき
石井睦美 著
講談社 2010(平成22)
当館請求記号 Y8-N10-J646
陶芸家の家族だけが暮らす、九州の「皿山」と呼ばれている盆地で育つ、主人公の高校生・由香の成長を描いた物語。

「鉄のしぶきがはねる」のサムネイル

「鉄のしぶきがはねる」の拡大画像を開きます

6-2-17鉄のしぶきがはねる
まはら三桃 著
講談社 2011(平成23)
当館請求記号 Y8-N11-J283
システムエンジニアを目指している工業高校の女子生徒・心(しん)が、「旋盤」という手作業の「ものづくり」に向きあっていくなかで自己を再発見していく物語。

【コラム】加速するナンセンス

「かめきちのおまかせ自由研究」のサムネイル

「かめきちのおまかせ自由研究」の拡大画像を開きます

6-2-18かめきちのおまかせ自由研究
村上しいこ 作 長谷川義史 絵
岩崎書店 2003(平成15)
(おはなしガーデン ; 1)
当館請求記号 Y8-N03-H538
夏休みの自由研究を考える「かめきち」のユーモラスな日常をとおして、「なんで」という疑問もスーッと腑に落ちる物語。大阪弁の語りも魅力的。

6-2-19ふしぎの森のヤーヤー
内田麟太郎 作 高畠純 絵
金の星社 2004(平成16)
当館請求記号 Y8-N04-H905
からだは子ブタで耳はウサギみたいな男の子・ヤーヤーと、ふしぎの森のへんてこな住人たちとの心あたたまる交流を描く。♪さんぽ さんぽ 二歩でも さんぽ/♪さんぽ さんぽ 千歩でも さんぽ―へんてこな会話も満載。

「おともださにナリマ小」のサムネイル

「おともださにナリマ小」の拡大画像を開きます

6-2-20おともださにナリマ小
たかどのほうこ 作 にしむらあつこ 絵
フレーベル館 2005(平成17)
当館請求記号 Y8-N05-H570
小学1年生になったばかりのハルオが、いつもと少し違うキツネの小学校に迷いこんでしまったことをきっかけに、人間とキツネの面白くもあたたかな交流が始まる物語。

「きのうの夜、おとうさんがおそく帰った、そのわけは…」のサムネイル

「きのうの夜、おとうさんがおそく帰った、そのわけは…」の拡大画像を開きます

6-2-21きのうの夜、おとうさんがおそく帰った、そのわけは…
市川宣子 作 はたこうしろう 絵
ひさかたチャイルド 2010(平成22)
当館請求記号 Y8-N10-J454
きのうの夜、おそく帰ってきたお父さんが、あっくんにその理由を語りかけるように展開していく物語。お父さんと動物たちの不思議な話が、擬声語を利用しながらリズミカルに描かれている。

3 古田足日の死と「現代児童文学」の終わり・ファンタジーの成熟と上橋菜穂子の国際アンデルセン賞作家賞受賞

2014年6月8日、児童文学評論家・作家の古田足日が亡くなりました。それより前、2013年2月14日には、児童文学評論家・研究者の鳥越信が亡くなりました。日本の現代児童文学は、1959年に成立したと考えられますが、50年代に古田、鳥越というふたりの評論家が中心になって、散文的なことばで子どもをめぐる状況(社会)を描く現代児童文学がデザインされたのでした。1960年代以降、古田足日は、創作も手がけ、自ら現代児童文学をになう作家にもなっていきます。古田が亡くなったいま、「現代児童文学」が日本の子どもの文学のある時代をつくった考え方として浮かび上がり、「現代児童文学」の時代が一つの区切りをむかえたともいえます。

一方、2014年3月には、上橋菜穂子が国際アンデルセン賞作家賞を受賞したニュースが流れました。作家賞は、日本人としては、まど・みちお以来20年ぶり、ふたりめの受賞です。現代児童文学の成立は、佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』や、いぬいとみこの『木かげの家の小人たち』が刊行された1959年ですが、これらの作品によって日本のファンタジーも出発したのでした。上橋菜穂子の受賞は、日本のファンタジーが成熟し、世界の人びとに届くようになった証しともとらえることができるでしょう。

【コラム】古田足日の死と「現代児童文学」の終わり

「宿題ひきうけ株式会社」のサムネイル

「宿題ひきうけ株式会社」の拡大画像を開きます

6-2-22宿題ひきうけ株式会社
古田足日 作 久米宏一 絵
理論社 1996(平成8)
当館請求記号 Y9-3091
雑誌での連載を1966(昭和41)年に単行本化。学校や社会の中の疑問に向き合い、自分で考え行動していく子ども達を描いている。敗戦で価値観の根本を失った著者から現代の子どもへ送るメッセージともいえる。

「大きい1年生と小さな2年生」のサムネイル

「大きい1年生と小さな2年生」の拡大画像を開きます

6-2-23大きい1年生と小さな2年生
古田足日 さく 中山正美 え
偕成社 1970(昭和45)
(創作どうわ傑作選 ; 1)
当館請求記号 Y7-2030
“大きい1年生”まさおと“小さな2年生”あきよのそれぞれの成長の物語。日常生活のなかで悩み、考え、ちょっとした冒険をする幼い子ども達の心の動きが丁寧に描かれている。

「ロボット・カミィ」のサムネイル

「ロボット・カミィ」の拡大画像を開きます

6-2-24ロボット・カミィ
古田足日 著 ほりうちせいいち 絵
福音館書店 1970(昭和45)
当館請求記号 Y7-2039
原型は小学館『幼児のためのお話12か月』(『幼児と保育』1967(昭和42)年増刊号)。幼稚園での話をもとに原型をふくらませ、福音館書店『母の友』(1969(昭和44)年8月号)に初出、挿絵は田畑精一だった。

「現代児童文学論  : 近代童話批判」のサムネイル

「現代児童文学論  : 近代童話批判」の拡大画像を開きます

6-2-25現代児童文学論 : 近代童話批判
古田足日 著
くろしお出版 1959(昭和34)
当館請求記号 909-H862g
著者の第一評論集。「さよなら未明」は初出。はじめ「未明との訣別」であったが、「訣」が当用漢字になく、「さよなら未明」となった。敗戦を経て児童文学のあり方が模索され、1950年代には、未明らに代表される童話の伝統を脱却しようとする動きが起こった。画像は箱と「さよなら未明」の冒頭部。

「小川未明新収童話集 1」のサムネイル

「小川未明新収童話集 1」の拡大画像を開きます

6-2-26小川未明新収童話集 1
小川未明 著 小埜裕二 編
日外アソシエーツ 2014(平成26)
当館請求記号 KH897-L732
全6巻。既出の「定本小川未明童話全集」(全16巻、723作品収録。講談社、1976~78(昭和51~53)年)に未収の374編および新発見の80編、合計454編を年代順に収録。約1200編といわれる未明童話を見渡せるようになった。各巻末に編者の解説付き。

「海の銀河 : 幻想海洋小学校発」のサムネイル

「海の銀河 : 幻想海洋小学校発」の拡大画像を開きます

6-2-27海の銀河 : 幻想海洋小学校発
ときありえ 作
講談社 2003(平成15)
(講談社・文学の扉)
当館請求記号 Y8-N03-H611
海洋小学校に通う「ぼく」の目線から、自然のなかで海の生物たちが経験していくさまざまな感情を、人間に見立てながら鮮やかに描きだした。

「風神秘抄」のサムネイル

「風神秘抄」の拡大画像を開きます

6-2-28風神秘抄
荻原規子 作
徳間書店 2005(平成17)
当館請求記号 Y8-N05-H568
日本の神話をもとにした長編ファンタジー「勾玉三部作」に続く作品。平安末期を舞台として、特異な芸能の力をもった少年少女の恋を描いた。本作での「熊野」への関心は、「レッドデータガール」シリーズにも引きつがれた。

「かはたれ : 散在ガ池の河童猫」のサムネイル

「かはたれ : 散在ガ池の河童猫」の拡大画像を開きます

6-2-29かはたれ : 散在ガ池の河童猫
朽木祥 作
福音館書店 2005(平成17)
当館請求記号 Y8-N05-H1101
河童族の生き残りである「八寸」との出会いから、両親の死を体験した少女・麻が、少しずつ自分の感覚を取り戻していく物語。朽木祥のはじめての長編ファンタジー。

【コラム】ファンタジーの成熟と上橋菜穂子の国際アンデルセン賞作家賞受賞

「狐笛のかなた」のサムネイル

「狐笛のかなた」の拡大画像を開きます

6-2-30狐笛のかなた
上橋菜穂子 作 白井弓子 画
理論社 2003(平成15)
当館請求記号 Y8-N04-H12
日本を舞台にしたファンタジー。争う隣国同士のはざまに、幼くして母を亡くした少女・小夜と、森陰屋敷に幽閉されている少年・小春丸、この世と神の世の〈あわい〉に棲む霊狐・野火が出会う。

「獣の奏者 1(闘蛇編)」のサムネイル

「獣の奏者 1(闘蛇編)」の拡大画像を開きます

6-2-31獣の奏者 1(闘蛇編)
上橋菜穂子 作
講談社 2006(平成18)
当館請求記号 Y8-N06-H1192
異世界を舞台とした長編ファンタジー作品。大人たちの政治劇に左右される少女・エリンの運命を、緊迫感をもって描きだした。「獣の奏者」シリーズは、外伝を含め全5巻。

コラム<YA(ヤングアダルト)>の波戻る

森絵都や佐藤多佳子らは、児童文学の世界で書きはじめた作家ですが、やがて、大人の小説も書くようになります。<YA(ヤングアダルト)>に大人の読者たちが呼び込まれたのと交差するように、作家たちも、大人の文学へと「越境」していったのです。児童文学/文学のボーダレスともいえる状況のなかで、児童文学とは何かという問題も問われつづけています。

コラム加速するナンセンス戻る

幼年文学では、ことば遊びやナンセンスの精神を取り込んだラジカルな試みによって、新しいおもしろい物語が生まれています。

コラム古田足日の死と「現代児童文学」の終わり戻る

古田足日(1927~2014)は、「15年戦争」ともいわれる、日本の長い戦争のもとで子ども時代をすごしたひとりで、「軍国少年」だったといいます。『宿題ひきうけ株式会社』などで、世の中を見つめ、考え、議論する子どもたちのすがたを描くことは、古田自身の子ども時代を問い直すことだったはずです。

古田は、詩的・象徴的なことばで心象風景を描く小川未明らの「童話」を批判することをとおして、「現代児童文学」を生み出そうとしましたが、いま、もう一度、「童話」を読み直すことも求められているのかもしれません。

コラムファンタジーの成熟と上橋菜穂子の国際アンデルセン賞作家賞受賞戻る

上橋菜穂子(1962~)は、『精霊の木』(1989年)や『月の森に、カミよ眠れ』(1991年)といったファンタジーを書きはじめて、児童文学作家としてデビューしました。

獣の奏者』のシリーズは、光と影、意識と無意識といった二元論に支えられた『守り人』シリーズとはまた別の世界です。二元論は葛藤を引き出しますが、『守り人』シリーズの主人公、女用心棒のバルサとちがって、『獣の奏者』の主人公エリンは、闘う者ではありません。エリンが王獣リランとひたすら心を通わせようとするすがたが描かれます。『獣の奏者』は、バルサが一瞬のうちに敵をたおす『守り人』シリーズの「活劇」を抜け出してしまいました。こんなふうに、作家は、先へ進まなければならないし、深まらざるをえないのでしょう。日本のファンタジーがますます成熟することが予感されます。